飯田市立動物園飼育スタッフ、加藤様との合作が実現しました。
飯田市立動物園の革命
長野県飯田市のりんご並木の南端にある、小さな動物園「飯田市立動物園」。この動物園で今、一つの革命的な取り組みが続けられています。その名も…
「QOLあげあげモンキーアパート」

担当は私、飯田市立動物園飼育スタッフ加藤です。
この記事は、飯田市立動物園の飼育員・加藤さんの取り組みを通じて、この1年間にわたる挑戦の軌跡をまとめたものです。決して華やかではない、むしろ課題だらけの現実と向き合いながら、動物たちの「生活の質(Quality of Life)」を向上させようと奮闘する現場の物語をお届けします。
飯田市立動物園の魅力
りんご並木のはじっこのちいさな動物園
飯田市立動物園は1953年に開園し、70年以上の歴史を持つ市立動物園です。現在約60種の動物を飼育しています。


- 入園料無料で気軽に訪れることができる
- フンボルトペンギンや鳥類、カメや両生類なども飼育
- 長野県内では唯一のアンデスコンドル、ミーアキャット、アメリカビーバーを飼育
- 豆汽車「弁慶四世号」やバッテリーカーなど子ども向けの遊具も充実








飯田市立動物園公式ホームページより
「動物たちとの最初の出会いをサポート」
飯田市立動物園にはゾウやキリンはいません。しかし、来園者が動物たちとはじめて出会うきっかけをサポートするための工夫が随所に凝らされています。小さな動物園だからこそできる、一頭一頭の動物との深い関わりがここにはあります。


QOLあげあげモンキーアパートの挑戦



公式ブログの総集編+裏話をご覧ください。
第0弾:「現実と向き合う勇気」
「QOLあげあげモンキーアパート」は、飯田市立動物園の飼育員・加藤さんが2024年2月に始めたブログ連載です。QOL(Quality of Life=生活の質)という名前の通り、サルたちの生活環境を改善する取り組みを記録したものです。
このプロジェクトの最も印象深い点は、現実を隠さない姿勢です。加藤さんは最初のブログでこう率直に書いています。
「正直な話、飯田のモンキーアパートはとてもとても狭いです。実際に見たことのある方は『こんな狭いところでかわいそう。』という印象を持たれた方も多いはず。」



この発言は、多くの動物園が避けがちな「不都合な真実」を正面から受け止めたものでした。来園者の率直な感想を代弁し、問題を隠すのではなく共有することで、改善への出発点とする姿勢を示しています。
そして改善への決意
「そもそもこんな狭いところで暮らさせるべきではないが、サルたちが暮らしている以上、何とかしなければいけない。だから私たち飼育員は、狭いながらにいかに工夫をし、サルたちを幸せにできるのかを考えていくべきです。」
第0弾では、改善前のモンキーアパートの写真を公開。コンクリートの壁に囲まれた狭い空間で、サルたちが過ごしている様子がありのままに映し出されていました。
第0弾より:改善前のモンキーアパート全景






QOLあげあげモンキーアパートから転載
加藤さんの振り返り:



とてもやりがいがありそうで、ここからどう改善して動物たちがどうなっていくのかとてもワクワクでした!
第1弾「食」の改善




改善前:野生本来の食性からかけ離れた内容
- 不自然な餌: リンゴ、バナナ、煮サツマイモ、煮ニンジン、食パンなど
- 品種改良された甘い果物中心の給餌
- 細かく切った状態での提供
加藤さんの根本的な疑問



野生のサルは品種改良された甘いリンゴやバナナを食べる?
この疑問から、野生本来の食性に近づける改善を決断。
新しい餌内容


甘い果物・煮物を廃止し、以下に変更:
- 生野菜中心(小松菜、ブロッコリー、トマトなど)
地元商店の廃棄野菜を週に1度いただけるので毎日違う野菜を与えている - 木の葉
- 卵
- 肉類(茹でた鶏むね肉、鶏頭)
- 大きくぶつ切りで提供
- ランダムな時間での追加給餌



給餌時間までランダム変えるのは飼育スタッフさんの業務スケジュールも大きく変えることになり、大変だったと思います。
劇的な成果:フサオマキザルのマミー
マミーの劇的な変化BEFORE/AFTER




QOLあげあげモンキーアパート第1弾から転載
改善前(左): 昔に罹患した病気の影響で毛が所々なくなり、肌が見えている状態
改善後(右/3ヶ月): 腕、足、お腹、尻尾の付け根の毛が大幅に増加
全体的な改善効果
- 毛艶の向上
- 毛量の増加
- フサオマキザルのフサが伸びる
科学的アプローチ
この第1弾は、野生本来の食性に立ち返るという根本的なアプローチによって、目に見える成果を実証した画期的な取り組みとなりました。加藤さんは、「良い変化のすべてが『食』によるものではなく、食事の改善と環境の改善を並行して行ったことで、複合的な要因による成果である」と強調していました。
第2弾~第4弾:「小さな変化の積み重ね」
第2弾から第4弾にかけて、加藤さんは具体的な改善策を実施していきました。限られた予算の中で、創意工夫を凝らした環境改善が始まります。
第2弾のポイント:
- サルたちの反応を細かく観察・記録
- 「完璧じゃなくても、まずやってみる」という姿勢



1日の行動を観察するところから始めました。
調査結果の詳細は公式ブログにてご確認ください。







これはやりがいがありそう!!!
第2弾より:初回の環境改善の様子
フサオマキザルの展示場にはシュロの木をドーン!!ヒヒには丸太を入れ、リスザルには木という木を入れまくる!!






QOLあげあげモンキーアパート第2弾から転載
第3弾のポイント:



フィーダー(給餌器)の改善に取り組みました!
第3弾より:新しい採餌環境とサルたちの反応






QOLあげあげモンキーアパート第3弾から転載
第4弾のポイント:
第4弾より:飼育環境(床)の改善







このコンクリートの状態が悪いとは言いませんが、これは果たしてサルたちにとって良いのか?…
今回のテーマは、
コンクリート無くす作戦!!!






QOLあげあげモンキーアパート第4弾から転載



各展示場に合計トラック6台分のものチップを運び入れたそうです。大変な重労働です。
劇的な変化
フサオマキザル: 常に緊張してピリついた状態からゆったりのんびりした穏やかな関係へ
ドグエラヒヒ・フィーフィー: 夜間の問題行動(壁へのウンチ擦り付け)がほぼ消失
行動面の大幅改善
- 探索・採食行動の爆発的増加(床のチップを隅々まで掘ってエサ探し)
- 野生行動の発現(竹ノックなど種特有の行動)
- 個体間の攻撃減少、毛繕い増加
内面の成長
新しい刺激への耐性向上: 第4弾のチップ導入時、過去の改善効果でフサオマキザルが警戒せずすぐに適応
「やることがない」状態からの完全脱却: 暇な時間の大幅減少、行動選択肢の拡大
加藤さんの解説:
「第2弾から第4弾は、まさに手探りの連続でした。一つ一つの改善は小さなものでしたが、サルたちの表情や行動が少しずつ変わっていくのを見ていると、『これでいいんだ』と確信が持てました。」
第5弾~第8弾:「継続こそが力」



中盤の第5弾から第8弾では、継続的な改善の効果が現れ始めました。サルたちの行動パターンに明らかな変化が見られるようになります。
第5弾での施策:
第4弾までは境変化などによる刺激や環境改善を行っていましたが、今回は「人」からの刺激で、フサオマキザルたちが頭を使って「考える」刺激により生活の質を向上させる試みを行いました。
第5弾より:脳トレーニングの様子








QOLあげあげモンキーアパート第5弾から転載
第6弾:季節の変化に応じた環境改善



新しい刺激として落ち葉を敷き詰めました。








QOLあげあげモンキーアパート第6弾から転載
第7弾:来園者との共同作業
来園者に協力していただき、集めたどんぐりから出てきた虫を食べさせている様子



栄養もあり、生きたままチップの中に置くことで探索行動もより増えました。








QOLあげあげモンキーアパート第7弾から転載
第8弾:QOLぶち上げ夜間放飼開始!?
夜間は寝室に3頭を収容し、狭いシュート(動物移動用通路)に2頭を収容していましたが、上司を説得して夜間も放飼できるように!




QOLあげあげモンキーアパート第8弾から転載



このエピソードについて、読み応えあるブログ本編も是非ご覧ください。


第9弾~第10弾:「1年間の集大成」
第9弾:フサオマキザル舎、増築大作戦!
リスザルのいたスペースを解放し、展示場を再編成






QOLあげあげモンキーアパート第9弾から転載
第10弾:これまでの成果
改善前後の比較写真




QOLあげあげモンキーアパート第10弾から転載



なんだか、若返った…!?
各話から見える継続的改善の価値
公式ブログを通じて見えてきたのは、完璧な環境を一度に作り上げるのではなく、継続的な改善こそが動物たちの福祉向上につながるということでした。
飯田市立動物園が実現したこと
一頭一頭への細やかな配慮
個体レベルでの細やかな観察と対応が可能なのが飯田市立動物園の強みです。QOLあげあげモンキーアパートの取り組みは、まさにこの特徴を活かした事例と言えるでしょう。
透明性のある情報発信
課題を隠さず、改善のプロセスを共有することで、来園者や動物園関係者との信頼関係を築いています。この透明性は、動物園への理解と協力を促進する重要な要素となっています。
地域密着型の運営


無料入園をはじめ、地域の子どもたちへの教育機会の提供、さらには地元商店街から廃棄予定の野菜を提供してもらい飼料として活用するなど、地域とのつながりを大切にした取り組みにより、飯田市立動物園は真の意味で「地域の動物園」としての役割を果たしています。
飯田市立動物園のQOLあげあげモンキーアパートは、決して華やかなプロジェクトではありません。しかし、現実と向き合い、一歩ずつ改善していく地道な取り組みこそが、真の動物福祉向上につながることを示しています。
「こんな狭いところでかわいそう」という率直な現状認識から始まり、「狭いながらにいかに工夫をし、サルたちを幸せにできるのか」という建設的な課題解決へと向かう姿勢は、動物園業界全体への貴重な示唆となっています。
小さな動物園の大きな挑戦は、これからも続いていきます。そして、その挑戦を支えるのは、透明性、継続性、そして動物たちへの深い愛情です。
飯田市立動物園「QOLあげあげモンキーアパート」は現在も継続中です。最新の情報は動物園の公式ブログでご確認いただけます。
- 住所:長野県飯田市扇町33
- 開園時間:9:00~16:30
- 休園日:月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始
- 入園料:無料
- 駐車場:市営扇町駐車場(2時間無料)