イロワケイルカ 日本で出会える“パンダイルカ”の38年

イロワケイルカ

イロワケイルカ(Cephalorhynchus commersonii)は、世界でも限られた地域に生息する小型のイルカで、白と黒のコントラストが美しい体色から「パンダイルカ」と呼ばれ、親しまれてきました。日本での飼育は1987年から始まり、2025年現在、全国でわずか2施設・7頭のみという極めて希少な存在となっています。

■ 生物としてのイロワケイルカ

イロワケイルカは、体長1.2〜1.7m、体重35〜65kgと世界でも最小クラスのイルカです。頭部や胸鰭・背鰭・尾鰭が黒く、胴体が白いツートンカラーが特徴で、胸鰭の前縁にはギザギザした突起があり、これを使って仲間と擦り合ってコミュニケーションをとります。

野生ではアルゼンチン南部・マゼラン海峡やインド洋南部・ケルゲレン諸島のごく限られた地域に分布し、主に浅海域で暮らしています。他のイルカと異なり、ホイッスル音を使わず、高周波のクリック音で意思疎通を行うことも特徴です。

■ 日本飼育のはじまり

イロワケイルカの日本導入は、1987年にチリ政府の許可のもと行われた捕獲プロジェクトから始まりました。サンシャイン国際水族館、マリンピア松島水族館、鳥羽水族館の3館が協力し、計17頭を捕獲。チャーター機で成田空港に到着し、3館に分配されました。

  • マリンピア松島水族館:6頭
  • サンシャイン国際水族館:5頭
  • 鳥羽水族館:6頭

このとき、関東のサンシャイン国際水族館では「パンダ人気」にあやかり“パンダイルカ”の愛称が使われ、広く親しまれるようになりました。

■ 初の繁殖成功と世代交代

1989年にはマリンピア松島水族館で日本初の繁殖に成功。以来、日本では30頭以上の出産が確認されており、すべてが1987年導入個体の子孫です。

■ イロワケイルカ繁殖年表(1989年〜2025年)

  • 1989年7月 ローラ(♀)/松島水族館
  • 1991年4月 セーラ(♀)/松島水族館
  • 1991年5月 ララ(♀)/松島水族館
  • 1997年5月 カイ(♂)/鳥羽水族館
  • 1998年5月 ボン(♂)/松島水族館
  • 2001年5月 ステラ(♀)/松島水族館
  • 2008年10月 リキ(♂)/鳥羽水族館
  • 2010年6月 サクラ(♀)/松島水族館
  • 2013年5月 ツバサ(♂)/松島水族館
  • 2015年8月 ライト(♂)/鳥羽水族館
  • 2021年7月 アース(♂)/鳥羽水族館
  • 2023年6月 コスモ(♂)/鳥羽水族館
  • 2025年6月 名前未定(♂)/仙台うみの杜水族館

■ 現在の飼育施設(2025年時点)

現在、日本でイロワケイルカを見られるのは「鳥羽水族館」と「仙台うみの杜水族館」の2施設のみです。

【仙台うみの杜水族館】(3頭)

  • セーラ(♀・1991年生まれ)
  • ライト(♂・2015年生まれ)
  • 赤ちゃん(♂・2025年6月22日生まれ、名前未定)

2025年の出産は、34歳のセーラによるもので、国内最高齢での出産記録です。

【鳥羽水族館】(4頭)

  • ララ(♀・1991年生まれ)
  • カイ(♂・1997年生まれ)
  • ステラ(♀・2001年生まれ)
  • コスモ(♂・2023年生まれ)

■ 飼育の減少と未来への課題

かつてはサンシャイン水族館やアドベンチャーワールド、八景島シーパラダイスなど複数の施設で飼育されていたイロワケイルカも、現在では全国で2施設のみに。その上、現在飼育されている個体の多くは血縁関係にあり、繁殖可能な若いメスが存在しないため、今後の繁殖は極めて困難とされています。

野生個体の追加導入も不可能であることから、遺伝的多様性の維持は喫緊の課題です。飼育施設は限られていますが、この貴重なイルカに、機会があればぜひ足を運んでみてください。

なぜイロワケイルカの新規導入は不可能なのか?

■ なぜイロワケイルカの新規導入は不可能なのか?
現在、日本においてイロワケイルカの新たな導入(輸入)が不可能とされている主な理由は、ワシントン条約(CITES)に基づく国際取引規制にあります。

イロワケイルカはCITESの付属書Ⅱに掲載されており、「現時点で絶滅の危機にはないが、国際取引によって生存が脅かされる恐れのある種」として、厳しい貿易管理の対象となっています。このため、野生個体の国際取引には、輸出国・輸入国の双方で以下の条件を満たす必要があります。

  • 輸出国が発行するCITES輸出許可証
  • 輸入国(日本)の経済産業省による輸入許可
  • 自然個体群に悪影響を与えないことを証明する「非悪影響証明(Non-Detriment Finding)」

しかし、イロワケイルカの主要な生息国であるチリやアルゼンチンなどでは、野生個体に与える影響の科学的評価が困難であり、輸出自体が事実上停止しています。日本側でも、CITESに違反しないことを前提とした許可取得のハードルが極めて高く、理論上は可能でも、現実的には導入は不可能に近い状況です。

このような背景から、日本で飼育されているイロワケイルカはすべて1987年に導入された17頭の子孫であり、現在の限られた血統内で繁殖を続けざるを得ない現状にあります。遺伝的多様性の低下が進むなか、新たな血統の導入ができないという構造的課題が、今後の飼育継続における最大の壁となっています。

■ 今だからこそ会いに行きたいイルカ

白黒の美しい体色とユニークな生態で、長年にわたり来館者を魅了してきたイロワケイルカ。
日本で出会えるのは、いまや2か所だけ。
この愛らしい「パンダイルカ」を未来へつなぐために、まずはその姿を見に行ってみませんか?

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この記事を書いた人

時々動物園に現れる動物園好きの男子学生。大型類人猿、アフリカゾウを愛しています。フォロワー様の影響でホッキョクオオカミに惚れました。主に秋田市大森山動物園に出没します。コミュ障を治し、フォロワー様と動物園を周ることが夢です。