かつて、日本は「ラッコブーム」に沸いていました。1994年、その人気は頂点に達し、全国28カ所の水族館で122頭ものラッコたちが飼育されていました 。お腹の上で器用に貝を割る仕草、仲間と手をつないで水面に浮かぶ愛くるしい姿は、世代を超えて多くの人々を魅了し、まさしく国民的アイドルと呼ぶにふさわしい存在でした。

かつて日本ではラッコが大人気でした。1994年には全国28か所の水族館で122頭が飼育され、貝を割るしぐさや、手をつないで浮かぶ姿が多くの人を魅了しました。まさに国民的な人気者でした。

動物園や水族館に122頭もいたラッコはなぜ居なくなったのか?私の勉強内容をシェアします。
しかし、それから約30年。状況は大きく変わりました。2025年1月には国内最後のオスが死亡し、今残っているのは三重県・鳥羽水族館の2頭のメスだけです。(2025年6月現在)あれほど目立っていた存在が、今はほとんど姿を消してしまいました。


この急激な減少には、三つの理由が関係しています。法律の制限、生き物としての特性、そして経済的な負担です。
なぜ水族館からラッコは消えたのか?
1. 法律によって個体の輸入ができなくなった


ラッコがいなくなった最も大きな原因は、海外から新しいラッコが来なくなったことです。1998年を最後に、日本はラッコを輸入できなくなりました。理由はアメリカの「海洋哺乳類保護法(MMPA)」です。
この法律は、アメリカ国内の海洋哺乳類の捕獲と輸出を厳しく制限します。特にアラスカでは、かつての乱獲で絶滅寸前にまで追い込まれたラッコを守るため、展示目的の輸出許可が出なくなりました。1989年のタンカー事故で数千頭が死亡したことも背景にあります。
2. 飼育下での繁殖がうまくいかなかった


ラッコを輸入できなくなった以上、日本の水族館は自分たちでラッコを増やす必要がありました。しかし、これは思ったよりも難しいものでした。最初の世代は野生出身だったため、繁殖に成功した例もありました。鳥羽水族館は1984年に国内初の繁殖に成功しました。しかし、次の世代、その次の世代になると、繁殖がうまくいかなくなりました。
オスは、野生で見られるような積極的な繁殖行動を見せなくなり、メスも妊娠しても流産する、母乳が出ないなど、さまざまな問題が出てきました。これは運の問題ではなく、代を重ねるごとに「野生の力」が失われていった結果です。
2025年時点で、繁殖が期待できた最後のペアは兄妹でした。近親交配は避けるべきという考えから、繁殖はできず、オスのリロが亡くなったことで、日本でのラッコの血統は絶たれました。
水族館という安全な環境で暮らすことで、ラッコたちは争うことや環境に適応する力を失い、本能的な行動までも薄れていったのです。



「他の園館にたくさんいる」という油断から真剣に繁殖に取り組まず、気が付いた時には手遅れになっていた、というお話もあります。


ジャイアントパンダ、コアラ、チーター、ホッキョクグマ、オランウータン、アフリカゾウなど、野生では普通に繁殖できても飼育下では繁殖が難しい動物がいます。その理由としては、飼育環境によるストレスや、野生での行動範囲を再現できないこと、特定の食餌管理が困難なことなど、さまざまな説があります。また、限られた飼育頭数の中から相手を厳選する必要があり、ペアの相性がうまくいかないことも理由として挙げられます。実際には、これらの要因が単独で作用することは少なく、複数の要因が絡み合い繁殖の困難さにつながっていると考えられています。
3. 飼育にかかる費用が非常に高い
ラッコの飼育にはとてもお金がかかります。ラッコは寒い海で生きるため、体温を保つためにとても高い代謝を持っています。そのため、毎日自分の体重の20〜25%もの餌を食べなければなりません。
ウニやカニなど高価な餌を与えると、1頭あたりの食費が月150万円になることもあります。イカや魚で代用しても月15万円ほど必要です。また、毛の断熱効果を保つために水槽を清潔に保つ必要があり、高性能な設備の維持費もかかります。
バブル崩壊後、水族館は経営の見直しを迫られました。高コストで繁殖も難しいラッコは、経営的には扱いづらい存在になりました。その一方で登場したのが、コツメカワウソです。
コツメカワウソは餌代も設備も安く、繁殖もしやすく、人とふれあうイベントにも向いています。こうしてラッコからコツメカワウソへと「アイドル交代」が起きました。



ラッコとコツメカワウソは同じイタチ科に属します。


比較項目 | ラッコ | コツメカワウソ |
---|---|---|
摂餌量(体重の) | 20〜25% | 約20% |
餌のコスト | 高価な海産物 | 比較的安価な魚介類 |
設備 | 冷却・濾過が必須 | 特殊な設備は不要 |
繁殖 | 難しい | 多くの施設で成功例あり |
来館者とのふれあい | 不可 | 可能 |
管理コスト | 非常に高い | 比較的低い |
ラッコの飼育には非常に高いコストがかかります。餌代、水質管理、冷却設備、毛の手入れ、そしてラッコに詳しい獣医師の確保まで、日常的に多くの資源と人手が必要です。このような背景から、近年は「日本ではもうラッコは飼えない」といった声も聞かれます。
しかし本当にそうなのでしょうか?
過去を振り返ると、1990年代には全国で28の水族館がラッコを飼育していました。当時と今では経済状況も設備も変化しているとはいえ、多くの園館が一時期とはいえ飼育を成立させていたという事実は重く、やろうと思えばラッコを飼育すること自体は不可能ではないと考えられます。
では、なぜ現在はほとんどの園館がラッコの飼育を取りやめたのでしょうか。それは「できるかどうか」ではなく、「その選択が今の状況で最適かどうか」という問いに向き合った結果です。
動物園や水族館には限られた予算があります。その中でラッコの飼育を維持するには、他の飼育動物にかけるコストを減らす、飼育種を減らす、または設備投資を先送りにするなど、何かを犠牲にしなければなりません。結果として、ラッコという1種のために、他の多くの動物の福祉や教育・展示の質が下がってしまっては本末転倒です。
このようなトータルでの判断を求められる中で、多くの園館が「ラッコを飼育しない」という選択をしたのは、単なるコストの問題だけではなく、施設全体としての持続可能性を考慮した、現実的かつ合理的な判断だったと考察されます。
北海道で再び野生ラッコが見られるように


水族館からラッコが消える一方で、北海道の霧多布岬では野生のラッコが再び見られるようになりました。しかし、ここでも課題があります。
2025年5月、何度も子どもを産んできた母ラッコが赤ちゃんとともにシャチに襲われ、姿を消しました。また、同年4月には死骸から高病原性鳥インフルエンザが検出されました。ラッコが死んだ鳥を抱いていたという目撃情報もあり、感染拡大の不安があります。
さらに、ラッコの捕獲を禁じている1912年の古い法律のために、保護や治療のためであっても人の手を加えることができません。地元では「祈るしかない」という声が聞かれます。
ラッコは地域にとって観光資源でもありますが、ウニや貝を食べるため、漁業とのトラブルも出ています。
一方でラッコは「キーストーン種」として、生態系を支える重要な役割も果たします。ラッコがウニを食べることで海藻が守られ、魚のすみかとなる藻場が保たれます。これは二酸化炭素の吸収にもつながり、気候変動の対策としても注目されています。
ラッコの価値は、かつては水槽の中の「かわいい存在」でしたが、今は観光、漁業、環境といったさまざまな面から問われています。



シャチも悪気はありません。
「保護」への感情と「現実的課題」
シャチもまた、生きるためにラッコを捕食しています。それは自然の営みであり、シャチにとっても命をつなぐための行動です。人間の視点から見ると「かわいそう」と感じる場面かもしれませんが、自然界では捕食と被食の関係もまた、健全な生態系を支える重要な要素です。
ただ、そうは言っても、「ラッコを助けてあげたい」という気持ちが湧くのも当然です。特に、鳥インフルエンザのような感染症に巻き込まれた場合、私たちは本能的に「人間が介入して保護するべきではないか」と考えてしまいます。ラッコが好きな私自身も、そう感じる場面があります。
しかし、実際に「保護する」となったときには、多くの課題があります。まず、ラッコを保護したとして、どこで飼育するのか。今の日本では、ラッコの受け入れ体制がほとんど整っていません。適切な水温や水質を保つための設備、日々の高額な餌、毛の手入れを前提とした環境、そしてラッコに詳しい獣医師の常駐など、必要な条件は非常に多く、どれも簡単には揃いません。
さらに、鳥インフルエンザは自然由来の感染症とはいえ、他の動物への感染リスクも考えなければなりません。もし保護したラッコがすでに感染していた場合、それをどう隔離し、管理するのか。人間の善意が別の問題を引き起こす可能性もあるのです。
このように、ラッコを「助けたい」という感情と、それを本当に実行するための現実との間には、大きなギャップがあります。自然界の掟に敬意を払いながらも、必要なときには責任を持って介入するという姿勢が求められているのかもしれません。
私たちが今向き合うべき問いは、「助けるか、助けないか」ではなく、「私たちに本当に助ける準備があるのかどうか」、そして「助けた先に責任を持てるのかどうか」なのです。
日本のラッコに未来はあるか?


日本の水族館でラッコを飼うことが難しくなり、野生のラッコも多くの課題に直面している中で、どうすればラッコを守れるのでしょうか。
アメリカのモントレーベイ水族館では、飼育できなくなったラッコを保護や野生復帰に使う取り組みをしています。代理の母ラッコが孤児のラッコに生きる術を教え、自然に戻すのです。この方法では、野生で育ったラッコと同じくらいの生存率が確認されています。
日本でも、水族館が展示施設ではなく、ラッコを守る拠点になることが求められています。具体的には、保全の拠点として調査や計画づくりに関わること、保護・治療施設を整えること、そして国民にラッコの重要性を伝えることです。
結論


水族館でラッコを見ることができなくなったのは、法律や生物学、経済の問題が重なった結果でした。しかし北海道の海では、新たなラッコの物語が始まっています。
私たちはもう、ラッコを「かわいい展示物」として見るのではなく、自然の一員として向き合わなければなりません。水族館はそのための力強いパートナーになることができます。
ガラスの水槽から、広い北の海へ。ラッコと共に歩む未来は、今まさに始まろうとしています。
参考文献、引用サイト
こちらを展開してください
- ピーク時122頭→国内わずか4頭に…水族館のラッコが“絶滅の危機
https://www.tokai-tv.com/tokainews/feature/article_20211229_14559 - ラッコの話 | SDGs, https://teton.main.jp/SDGs/animal/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B3%E3%81%AE%E8%A9%B1/
- 約30年で122頭からたった3頭に減少…日本の水族館でラッコが見
https://www.walkerplus.com/article/1152963/ - 日本で飼育されているラッコ 2024|はるこ – note, https://note.com/rajiotukuru/n/n37183358dc8f
- 水族館のラッコが消える?一方で北海道では野生のラッコを確認! – TBSラジオ, https://www.tbsradio.jp/articles/92119/
- ピークの122頭から今は鳥羽の2頭だけに…『水族館のラッコ』減少の理由 1998年にはアメリカが輸出を禁じる – 東海テレビ, https://www.tokai-tv.com/tokainews/article_20250319_39433
- ワシントン条約とラッコのメモ – – 動物ZOO感ごっこ –
http://zoocoro.blog.fc2.com/blog-entry-3886.html - ラッコが絶滅危惧種に? 日本に3頭しかいない理由と対策 – ELEMINIST, https://eleminist.com/article/3707
- 「ラッコのマイちゃん」とある水族館ラッコとの思い出|シマリスさん – note, https://note.com/shimarisu002/n/n8838e68156e0
- Sea Otter Program timeline | Animals – Monterey Bay Aquarium, https://www.montereybayaquarium.org/animals/sea-otter-program-timeline
- プールを壊す!?前足の切り傷が命取り!?ラッコ飼育の実態を聞いて
https://www.walkerplus.com/trend/matome/article/1077933/ - 飼育ラッコ、国内3頭に【ニュース知りたいんジャー】, https://www.newsgawakaru.com/knowledge/22580/
- ワシントン条約とは?輸入制限のある代表的な動物10種 | Tierzine(ティアジン), https://tierzine.com/others/cites-restricted-animals/
- 国内水族館のラッコは、鳥羽水族館のみに! – 株式会社トリート, https://www.treat-group.jp/blog/detail/id=1011
- 日本の水族館にラッコは3頭だけ!海にはラッコはいる?輸入規制は? | LIMEX LABO, https://limex-labo.com/all/433
- 国内のラッコがわずか4頭に 進む動物たちの“少子高齢化”「生態への理解、もっと深めよう」, https://maidonanews.jp/article/14356288
- All About Otters – Conservation & Research | United Parks & Resorts – SeaWorld.org, https://seaworld.org/animals/all-about/otters/conservation/
- Sea otter conservation – Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Sea_otter_conservation
- 人気のラッコ、実は今日本に3匹しかいない…!絶滅危惧種になってしまった理由とは?, https://sdgsmagazine.jp/2023/03/28/9585/
- ラッコの話③「水族館のラッコ、日本で見られなくなる日がくる?」 – note, https://note.com/kyotoshimbun/n/n3af25a460c58
- 水族館からラッコが消えても絶滅ではありません 野生ラッコに不幸をもたらすことを願う
数々のマスコミ報道に辟易 – PEACE 命の搾取ではなく尊厳を, https://animals-peace.net/zoo/seaotter.html - 実は絶滅危惧種!?ラッコに会える日本の水族館 | Tierzine(ティアジン), https://tierzine.com/facilities/otter-aquariums-japan/
- 食生活 | Diet – らっこちゃんねる | Sea Otter Channel – ラッコ情報・記事・動画・写真をご紹介, https://seaotter.jimdofree.com/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B3%E7%99%BE%E7%A7%91-all-about-sea-otters/%E9%A3%9F%E7%94%9F%E6%B4%BB-diet/
- ラッコ – Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B3
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29.
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- ラッコがいるのは鳥羽水族館だけ!キュートな行動や性格、浮く理由など特徴、生態も | るるぶKids, https://kids.rurubu.jp/article/36802/
- ラッコの食費は月150万!? アルパカはペットとして飼える!?——『動物の値段』 – GetNavi
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- Donate now to support our Sea Otter Program | Monterey Bay Aquarium, https://www.montereybayaquarium.org/join-give/support-our-sea-otter-program
- Saving Sea Otters Through Surrogacy | Shedd Aquarium, https://www.sheddaquarium.org/stories/saving-sea-otters-through-surrogacy
- Sea otter surrogacy | Stories | Monterey Bay Aquarium, https://www.montereybayaquarium.org/stories/the-feel-good-science-behind-sea-otter-surrogacy
- Southern Sea Otters | Conservation – Aquarium of the Pacific, https://www.aquariumofpacific.org/conservation/southern_sea_otters
- Monterey Bay Aquarium’s Otter Program – Wild Hope, https://www.wildhope.tv/highlight/monterey-bay-aquariums-otter-program/
- Rescue and Release: The Monterey Bay Aquarium’s Sea Otter Program – YouTube, https://www.youtube.com/watch?v=iQq3gD6eOy0
- Restorative power of sea otters | Stories – Monterey Bay Aquarium, https://www.montereybayaquarium.org/stories/-sea-otters-help-kelp-forests